知財高裁 平成28年(行ケ)第10231号 審決取消請求事件
1 事件
平成29年10月26日判決言渡
平成28年(行ケ)第10231号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成29年9月19日
2 当事者
原告
ハノンシステムズ・ジャパン株式会社
澤野正明 尾崎英男 上野潤一 日野英一郎 李知珉
被告
株式会社豊田自動織機
永島孝明 安國忠彦 若山俊輔 磯田志郎 中村敬 伊東正樹 佐藤努
3 裁判所
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞規子
裁判官 山 門 優
裁判官 片 瀬 亮
4 経緯
特許第4304544号の請求項1について原告が無効審判提起
訂正認容、請求棄却
審決取消訴訟
5 取消事由(主だった争点のみ)
・訂正による 新規事項追加
・進歩性判断の誤り
6 判断及び考察
(1)新規事項追加
ア 訂正後クレームのうち、問題となった訂正事項
【請求項1】・・・ピストン式圧縮機において,・・・前記ロータリバルブの 外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ・・・ピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
イ 判決の認定
判決は、以下の通り述べて、訂正追加事項は明細書から自明であると判断した。
明細書の図面に記載の「ロータリバルブ35,36の 指し示す範囲の外周面には,導入通路の出口を除いて溝や凹部等が記載されていない。」「同図面【図1】におけるA-A線断面図である【図2】(a)とその要部 拡大図である【図2】(b),及び,B-B線断面図である【図3】(a)とその 要部拡大図である【図3】(b)のいずれにおいてもロータリバルブ35,36の 外周面351,361に導入通路31,32の出口を除いて,溝や凹部等が記載されていない。そして,【図2】【図3】は,ロータリバルブ35,36の断面の形 状を表そうとするものと解されるから,ロータリバルブ35,36のA-A線及び B-B線以外の部分の断面の形状も,A-A線及びB-B線の断面図と同様のもの を考えるのが自然である。仮に,ロータリバルブ35,36の外周面に,導入通路 31,32の出口を除いて溝や凹部等が存在するのであれば,【図2】(a),(b), 【図3】(a),(b)において,当該溝や凹部等は,甲29【図3】【図5】, 甲30【図3】,甲31【図3】【図5】のように,破線等を用いて図示されるものである」
また、「本件訂正部分は,願書に添付した図面の記載から自明であるから,このような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術 的事項を導入しないものであると認められ,新規事項を追加するものではないとい うべきである。」と述べて(下線追加)、明細書の記載から自明な事項についても、特段の事情があれば新たな技術的事項となる旨の判断をしている。
(2)進歩性
判決は、以下の通り、主引例と副引例とを組み合わせる際に、主引例に開示された発明の課題を解決するために必須の構成を除くことはできないとの判断を示している。
また、判決は、仮に当該必須の構成とは別の構成が周知慣用技術であったとしても、必須の構成を別の構成で置き換えることはできないと判断している。
「引用発明1において回転軸の外面に凹部などの反力付与構造が設けられたことは,製造コスト低減という課題の解決手段として滑り軸受を採用するための必須の構成であるということができる。
そうすると,回転軸の外面に凹部などの反力付与構造39を設けることを必須の構成として有する引用発明1に,溝部25bを除く回転弁22の外周面の形状が特定されていない引用発明2を適用しても,「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状」とされる本件発明の構成には至らないというべきである。 」
「そうすると,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び36」を有するジャー ナル軸受を採用することを必須の構成とする引用発明3に,「滑り軸受35及び3 6」を有しない構成である,「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」 である技術を適用することは,引用発明3の必須の構成を無くすことになるから, 動機付けを欠くというべきである。 このことは,仮に「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」が周知 慣用技術として認められたとしても左右されるものではない。 」
この判断に従えば、少なくとも主引例の発明に必須の構成については、これを別構成で置き換えることには阻害要因が存在するとの主張が成り立ちうることになる。
本判決は、主引例及び副引例に記載された発明の認定にあたり、当該引例の課題、解決手段等に立ち入りつつその構成を細部にわたり丁寧に認定し、各引用発明に記載された必須の構成を置き換えることは出来ないとするものである(ブログでは触れていないが、主引例と副引例とを組み合わせても本件発明の構成に至らないと述べる箇所もある)。米国とは逆にプロパテント政策に振れる日本の侵害訴訟実務において、単に動機づけ記載の有無や阻害要因の記載に進歩性肯定の手がかりを求めるのではなく、本判決の如く引用発明の課題及び解決手段を検討して、本件発明に至る阻害要因が存在するか否かを検討する方向性は現在の主流的判断であるといえる。
以 上